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疑いを持て_その2

ありとあらゆるジャンルにて矛盾極まりない世の中で生活し、生まれた境遇、能力により差別が生まれ、苦しみ続ける人もいれば、のうのうといる人もいます。私は金持ち。能力あるし矛盾なんて感じない。まあ恵まれているあなたはそう思うでしょう。一方で悪行を重ねる者たちを殺してやりたいほどの矛盾に苦しんでいる世の中の人々において、心正しく生きるもの、弱き者は生き損。文明はていのいい奴隷社会。まわりにこれでもかとばかりのはいて捨てる食が溢れている国もあれば、食べるものもロクにない国もあります。そんな世界において何が平等か。何が平和か。もはや世界人口全て偽善者ってことです。自分さえよければいい。人間として命を得ている中で、生きているということに2つの概念があると思います。一つは主観的に生きている命、もう一つは客観的に生かされている命という両面からの切り口あると思います。主観的に生きるということは文明に依存したライフスタイルであり、客観的に生きるというのは、生かされていることに対しての感謝に尽きるということ。ですが、感謝するに対しての対象が非常に曖昧で、人によっては海に感謝したり、山に感謝したり、動物に感謝したりと、ありとあらゆる神が登場するという滅茶苦茶な状態です。世の常識や知識、教育などによって歳を重ねれば重ねるほどに自我意識が強固になっています。私は私の力で生きているという人は、果たして100%自分の力で生きていると言えるでしょうか。極論100パーセント無理でしょう。それは空気がなくなれば人は死にます。水がなくなれば人は死にます。太陽光線がなくなれば人は死にます。つまり人間は100%依存して生きているのです。しかし主観的な人間は空気は当たり前、水も当たり前のめぐみ。何の対価もなく、何に対しての感謝かも知らずの見当違いの考え、地球は人間あって回っているがごとくの話。資源を乱用するのは人間の勝手、専売特許だから拝借するのは当然とばかりに、人間至上主義、文明万歳って具合でしょう。裏でのうのうと文明をリードしているユダヤ人が文明という価値観で政治、経済、宗教、学問を定着させて世界は洗脳されてしまいました。その混乱が今の現状ではないでしょうか。


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  • 2018.11.18 Sunday
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