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この世界で信用できること

改めて考えることもないでしょう・・・私たち人間が生きているこの世界が本物であり、そこで生活すること、教育を受け仕事をすることが正しい人生なのかと。そもそも生まれてこのかた何の疑問もなく今生きるこの世界が正真正銘だと信じて疑いません。向かう先が死であろうとも、この世界における出来事で犯罪や戦争、病気、台風・地震があろうが、極めて不条理で理不尽で不公平な世の中であろうが、ホームレスであろうが、貧乏であろうが、この世界に心の根を張ってることこそが、人生の全てだと、生きる証だと、不幸であろうがなかろうが、幸せであろうがなかろうが、そう信じて疑いません。いわばそれはもう正真正銘なのだから仕方ないと割り切って諦めに似た境地で日々やり過ごしているという状況だと思います。お金・地位や名誉がある人は、より文明最高の境地が強固でいるように思えます。ただ、世界人口で圧倒的多数の人たちの中でありながら、こういう世界はおかしいと憤りを感じ悶々としている人は相当いると思います。そして時に人は宗教や思想に思いを抱き、教祖や信者になったり、時に過激なテロに走ったりもします。そもそも正義や悪ってなんなのでしょうか。それは人間の勝手なこじつけで強引に正義にし、正当化するというもの。虚栄にすぎないものです。それに死ぬまで踊らされ、茶番の一員として加担する側される側にすぎないということではないでしょうか。


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  • 2018.11.18 Sunday
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