未熟者を導く

私たちは今、間違いなく

この物質世界に生きています。

肉体、お金がモノを言う世界…、いろんな災害や不秩序など…

数え上げればキリがないくらい不平等で、不条理な世界に身を置いています。

何故そうなっているのかと考える人など誰一人としていません。

私たちは社会教育によりそんな考えなどおかしいとハナから思い込まさせれています。

当然人はそんな文明に対して身を投じ、絶望と諦め、仕方がないと深く考えるのをやめてしまいます。

また、そうであれば開き直って文明を利用し、文明に陶酔し、文明に成功を収め、生きる証を得ています。

それに伴い人間の質もまた、文明の餌食になり、ただ死に至っているという訳です。

いくら多くの地位やお金を得ようとも、死んだら終わりということが知らないと無駄な人生で終わります。

人間は生まれながらにして、生きる意味を見失なっているために、仕方なく文明に従っています。

 

今の人間はすべて身の程知らずであって、生まれながらにして偽りの世界に身を置いている

状況がマスト中のマストになっています。つまり、政治も経済も教育も宗教も信用ならない中、それに

当たり前のようにに従っているゾンビ状態ということを理解しなくてはならないと思います。

ゾンビとはすでに死んでいる状態ということですが、だとしたら、この肉体が死ぬという結果もありますので

死んでいて尚また死ぬというダメ押し状況ということでしょう…。

何という魑魅魍魎な世界でしょうか…。

 

今の生活で人間が考えもしない、思いもしないこと。私たちは一体何者なのか?何のために地球で生活しているのか?

それが死と密接な関係があるということならば、このまま死んだらどうなってしまうのか。

ではどう生きればいいのか。そして死から脱する手段はあるのか。

という本質に到達している答えがあるならば、黙って死を待つばかりができるでしょうか…。

宗教のように都合よく解釈し、抽象的に説き伏せるでなく、理路整然と事実を解釈していることが本質だと思います。

それに基づいて、鮮明に解釈していくことが大事だと思います。

 

私たち人間は、この荒れた理不尽な世界で本質を見つけようとしては、見失い、また見つけようとし見失い、

その繰り返しで、わがままで頑固で言うことを聞かないというどうしようもない未熟者であります。

私たちの本当の人生の目的は、本質に出会うために今までの人生の布石があるのだと感じます。

それを生かすも殺すも自分次第です。

思いも考えもつかなかったことを知り、今がどんなに未熟者でも導いてくれる方がいます。

宗教や偽りではなく、正真正銘完全無欠の内容が確かにあります。

 


Who are you? あなたは誰ですか?

驚くべき人間の心理機能・生理機能・五官 とは。

Who are you? あなたは誰ですか?

世界一周を2回してわかったこと、それは人間が生きていることの中に、 まだ私たちの知らない衝撃の事実が隠されていた。 現在までに76冊の本を出版し、現在もなお、精力的に執筆活動している講師が語る 特別セミナーを下記日程で開催しています。初めての方も大歓迎!会場は川崎マリエンとなりますので、ぜひお越しください。

 

開催時間、日程の詳細はPDFをご覧ください。

 

毎回セミナーの内容をYouTubeでも公開しています。

https://www.youtube.com/user/aladdin1941

 

 

 

 

 

 


冷静に。客観的に。

いま私たちの世界は確かに本物のように見えます。いずれ死という現実に対して曖昧なまま、目を背け続けて(都合よく天国へ直結させている)、地球の世界に意識を投入し続けています。地球という地面に足をつけて生活をし、一歩一歩踏みしめて生きているという心地を得て、何の疑問もなく日々を過ごしています。しかし、はたして私たちの地球上での人生が、この文明社会が、人間の存在意義の本質なのでしょうか…。日々、仕事や家庭、趣味や遊びにお金という価値観を絡ませて人生を謳歌? しているような世界です。しかし実際は病気や戦争、事件や事故、あらゆる災害に常に見舞われ続けています。経済も限界を迎え始めた様相を呈しています。人間はたかだか80、90年あまりで朽ち果てます。劣化し、最終的には死んでしまいます。人によっては寿命の限界を前に、病気や事故、災害、戦争や殺人などで自分の意思とは関係なくその人生を終える場合もあります。五体不満足で生きざる得ない人も沢山います。一体その差はなんなのでしょうか。人間は人間同士、心の中で常に差別・優越をつけながら、うまく社会を形成している笑顔とは裏腹に、本心は妬み、嫉妬、憎みや憎悪が本音でいる薄汚い存在が、私たち人間社会の現実です。つまり、にっこり笑った挨拶が、偽りということが文明の本質となっていると思います。その土台の上で価値観を形成しています。その上人類は、平等・平和などと謳っている矛盾極まりない状態ということです。それが本質だから仕方ない、それが本質だから諦めよう、それが全てだから… という思いは、何か違うのではないでしょうか。心理機能、生理機能、五官を備えた私たちはそこまでのチンケな存在なのでしょうか。肉体が本物なのでしょうか…

私個人も確かに爐修讚爐頬殤され続けてはいますが、このまま死ねないという精神は持ち合わせています。的確な事実に基づくことによって、死ぬまでの人生の本当の目的を通して、その後の結果に反映されてしまうという事実は、答えが出たあとには手遅れであって弁解の余地もありません。そうだったのか!と気がついた時はその後悔で慟哭するのでしょう。このまま手をこまねいての、その結果が死という無念なる後悔に至るのならば、死にたくないと思うのが本音なのではないでしょうか。どんな状況下にあれど、本質に気づき、静かに心に聞いてみて、本音に耳を傾けていくことが懸命なのではないでしょうか。


文明社会の限界

経済●神戸製鋼の件


ほんと事件が連発します。だいたい企業の不祥事が続きだすのは「大恐慌」の前段階です。
ニュースを見て、妻に話したことをそのまま伝えます。

「ほら、見ろ。日本のマスコミは火消しに走っているだろう。多分、神戸製鋼はこれ
で終わりだよ。ニュース発表で1400円近い株価が800円台だろ。まだ落ちるよ。株価1
00円ぐらいいくだろうね。」

「なぜ?」

「自動車メーカー7社、ロケット?末端で使った会社からの損害賠償がすごいことに
なる。どっかでチラッと流れていたけど数兆円。」

「そんなにいくかな?」

「自動車メーカーは『設計でカバーできるから問題ない』と言ったようだが、防衛省
は兵器とかで『耐用年数が下がる』と言ってるだろ。そっちが問題だよ。金属疲労と
かの条件が悪化するんだから。」

「本当にこわいのは、アメリカとか外国だよ。タカダと同じ。日本はごまかせても、
アメリカはこういう場合の訴訟はきつい。損害賠償も巨額だよ。だから「兆」行って
もおかしくない。日本のマスコミはスポンサーとか気を使って身内に甘い報道だけど、
神戸製鋼はこの時点で終ったんだ。あとは、新日鉄住金とかに吸収合併だけど、今は
賠償金が確定してからでないと到底無理だよ。国策合併だろね。けど、二束三文にな
ってハゲタカファンドに買われる運命だよ。」

「気づかなかった。そっちなんだ。」

「さらに、医療用機器に使用していたらどうなる?死人やけが人が出たら、神戸製鋼
のせいに当然なる。訴えて金とりたい行動が増えるだろうね。」

「そこまで気づかなかった。」

「神戸製鋼って、下関に工場あるな。安倍晋三は大学でて親の後光で就職したのが神
戸製鋼だよ。関係あるな。今回の不祥事は。」

「安倍が神戸製鋼だったの?知らなかった。」

「これって、安倍が終るひとつの象徴だと思うよ。」

■日本のメーカーは品質低下がひどい
理由わかりますか?正社員を減らしたからです。派遣やバイトでやるからです。下請に過酷な条件だけ課して丸投げしてきたからです。私の手元にある情報でも、ほんと、今、日本のメーカーや企業は「コンプライアンス違反」「製造や検査の不正」が横行しています。だから、科学者や経営者が「カタログどおり」「設計書どおり」になっていない製品が出回っているということです。
その素材や、製品で、原発や兵器も作られていく……。結果はわかりますね。
人類崩壊の引き金のスイッチが着実に入って行っているのです。

内海新聞より引用
 


矛盾を原動力に

人間社会で生活していくことで、正しいこと、正しくないことという概念はあります。ですが、よく考えてください。それはあくまでもこの世の限定の話。死んでからもこの世の秩序は果たして通用するのでしょうか? しかも誰が死んだ後の保証を約束しているのでしょうか?そう考えると、その正義はこじ付けであり、腑に落ちない部分も多い。つまり胡散臭く、信用ならないということです。実際の世界を客観的に見渡せば、確かにと思えるのではないでしょうか。そう考えると、宗教なんて一番胡散臭いのではないでしょうか。何の根拠もないのですから。

人生の本質から考えると、文明すべての事柄は矛盾だらけということが言えます。政治を見れば一目瞭然。そんな事柄に正しい、正しくないをつけている私たちは、実に本末転倒なことをしているとは思わないでしょうか。

完全無欠の正しいこととは、この世界の事柄すべてにおいての真逆であって、矛盾は一切ない状態だと思います。極論、私たちの人生において本物を掴むためには、逆をいえば正しくない事柄がなければ、本物の概念もつかみようがないということだと思います。

偽物がなければ本物という絶対は、理解しえないでしょうから。実はそうじゃなかった。こうなっていたのだ。という理論を捉えるためには実生活の矛盾や正しくないことを経験するからこそ、そう思えるのではないでしょうか。

そこをうまく利用し、本物を捉えるための原動力とすれば良いのだと思います。

ただ、正しいこともあります。お肉は美味しいということです。花が綺麗だということです。犬はかわいいということです。

なぜ肉がうまいと思うのかなんて、普通考えもしないでしょう。実はそれも本物を捉えるための重要な要素であるということは、夢にも思わないことでしょう。

 

自分自身のダメな矛盾はしかり、そういう最悪の自我は自分では消すことはできませんが、無視はすることはできます。なぜ無視かといえば、自我というものは実は価値がないもの。それは一見価値があるようなものとして存在するが、ゴミ屑のようなもの。

実はそういうことでした。相手にしなければ良い。人間の悪いところは、それに執着してしまうこと。自分の正体を知らないからそれに一生囚われ続けたまま死んでしまいます。こういう自分だってそういう恐れがありますが、それ以上にこの世界に矛盾を感じています。それに死という部分にも怖さがあります、本心は死にたくないという気持ちです。死んで天国へ行くという風潮が信用ならないからでした。だからしがみ付いてまでも本質を掴みたいと思います。自我との葛藤は常ですが、それ以上に死にたくありません。

こんな角度で人間の実体という本質をついた人などいません。たとえ疑おうが疑いようもない事実… これこそ人間が一生をかけて掴まなければならない案件ということです。信じれば救われる的なものではなく、人間はこうこうこうなったから、こういう結果に至り、今がある。このままじゃ人類はダメだからこの地球上でこういう勉強をしてこういう経験をし、一生を終えれば次の展開がこうなっていくからこの人生で何をすべきか。そこまでのプロセスにおいて、経緯をつかみ、納得しどういう方向でどういう道を歩んでいくのか。世界はありとあらゆる災害や事件のスケールがますます大きくなっていくと感じざる得ません。


文明生活は矛盾を実感できる場

人間が、なぜ自分が望んで生まれたという実感がないまま何の疑問もなく地球で生活しているのか?   …という言われてみれば、人生このかたこれっぽっちもそういう考えに至らなかった根本的な物事の本質があるとすれば、なぜこんな病気や災害や争いが起きる不公平な世の中なのか… その根本的な理由が明確に存在するはずです。 文明のルーツ、宇宙や地球とは、人間の存在意義とはなど… 様々な疑問を捉えるためには、今までの経験を全否定するほどの固定観念既成概念を度外視した、直観力みたいなものが必要だと思います。そういう話を聞く場に巡りあえる運や、情報をキャッチするアンテナを持ち合わせるセンス(良心に素直になる)も必要だと思います。それには文明社会での生活において、世界の矛盾や疑問、絶望や失望、虚しさを強く感じ得なければ、物事の本質を捉えることどころか、現状から脱却する気すらおきないと思います。何を信用すればいいのか…、何に信頼をおけばいいのか、どこに逃げればいいのか、なぜ逃げなければならないのか…  その明確な理由と目的に辿り着く方法がわからなければ、どうしていいのかわからず、悶々とした人生を死ぬまで送り続けなくてはならないということです。しかし文明はそういう重要な目的に照準を合わせないよう、教育、スポーツ、芸能、政治、経済などで麻痺させ続けています。24時間365日絶え間なく…。

大人になればなるほどそういうジレンマに陥っていて、それが人生の全てであると死ぬまで承知し続けているのでしょう。悲しいかな地位や名誉などがあればあるほど……

しかしそういう一寸先は闇、魑魅魍魎の世界でありながら、小さい子供の発想は純粋でシンプルで的確です。時に大人の社会生活に直球で矛盾を指摘します。大人はタジタジ。当たり前です。その通りなのですから。それを親や学校の教育でこうあるべき、こうやりなさいと横槍を入れ押し付けている現実です。それに反発する子供たちも少なくありませんが、大人になるつれ染まっていってしまいます。では、すでにそういう教育を受け、この社会が人生のど真ん中になっているほとんどの人達はどうでしょう。そこにメスを入れる自分はいるかどうかです。基本人間は自分中心で、品格もなく、いくら客観的な事実を伝えようとも、自分に降りかかる事柄でない限り(降り掛かろうとも)は、それが客観的事実であろうとも聞く耳は持ちません。頭ごなしに否定する場合もあれば、へぇ〜って意に介さないという具合です。そういう気質です。しかもタチが悪いは、人間が持って生まれた資質(心理機能・五官・生理機能)を自分の能力と勘違いしている状況です。そういう優れた機能は自分のものだと手柄にし、常に自分の存在がつきまとい、立場が悪くなると、言い訳やこじつけや押し付けで雲に巻いてしまいます。この慌ただしい情報が洪水のように降り注ぐ文明社会に置かれている状況下では、なかなかじっと真実に向き合うことは難しいのでしょう。この世界で成功している人たちはなおさらであり、物質に雁字搦めにされてしまっています。成功したから自分の時間が取れた余裕ができたと言いますが、裏を返せば、物質から逃げなれない牢獄に放り込まれたということでしょうか。

私たちの言わんとしていることはこの世の価値とは真逆ということです。つまり真実はこの世界では影になり、偽りが光となっているので話がややこしいということです。人類全体が詐欺にかかっているということです。ここが基本軸となっている以上、そういうことなのです。人間はだだの肉の塊が本体ではなく、精神機能、理性・良心・品格という見えない能力を持っています。そこで何が間違っていて何が正しいのかを察知することができます。正しい道の生き方はわかった、ただ生き方は自力で何とかする。極論それは不可能です。何を元に不可能なのか、信じる信じないは別として客観的にそれを知らなければ目的地へは到達できないということです。


絶対に諦めないこと

私たちが地球で生きているこの人生というものは、一体何のためになのでしょうか。こんなこと考えること自体が邪道という空気感が世の中には蔓延しています。自分たちは生まれてきたくて生まれたわけではありません。ましてや矛盾した世の中での生活を余儀なくされています。その中でお金という価値基準で人の優劣をつけ価値を見い出し、地球の資源を拝借し、物質やお金で矛盾を抑えてつけて楽しみを見出している日々という訳です。そこには疑いの余地などない状態です。なんだかんだこじつけて文明社会こそ、義なりと説き伏せています。国の力関係もあり、言語や文化もあり、気質もあり、加えて世界をリードしている元凶がいる限り、ことを複雑化していくことでしょう。こんな状況で文明は間違えていると声を出しても、全人類に一笑に付され、相手にされないのがオチです。

ですが、その文明を司る仕組みに、これまでにないやり方で真っ向風穴をあけた方がいます。人間がなぜ地球で生活しているのか、死んでどうなるのかという曖昧な疑問に、その目的はこれだという事柄を理路整然と示しています。

地球の寿命には限界があります。太陽を巻き込みいずれ消えてなくなるという現実は空想ではなく科学でも発表されている事柄です。

地球の温暖化や様々な災害の恐れも、地球の構造に対して見解がなされています。また、人間同士の啀み合い、戦争など、100%ありえないと断言する人はまずいないでしょう。そんな現状が基盤となっている状態が、人生の本質と誰が心から納得しえるのでしょうか。私たちが死ぬ間に成さなければならない重要な事柄があることを、人類ほぼすべての人間はまだ気づかずに生活しています。人間は死にたくないと心で思いながら、やるべきことが全くわからないまま死んでいるのです。それゃ宗教というビジネスが成り立つ訳です。たとえやるべきことに気づいても、マクロ的に捉えることを思い描かず、ミクロ的にだけ捉えてしまうと、豚に真珠ということになってしまいます。物質に目を奪われ、目的をすり替えられてしまいます。私たちはそういう本質を捉えるアンテナを常に意識し続け、正しい、偽りの見分けもし続けなければなりません。ただ、それは自分の力では無理です。じゃあどうすればいいのか。その部分が重要です。そのせめぎ合いの中で、どんなことがあろうとも目的に達するためにはブレない気持ちが大事なのではないでしょうか。その目的までの道のりは人により大変さは違うでしょう。ですがどうしてもそこに到達しなければなりません。どうせこの世は嘘の世界。本当の目的などこの世にはありません。この世の成功?お金もうけ?今の人間はそれに雁字搦めにされています。魂までもです。

本当の目的を知ったまだ少ない有志は、たとえ歩みは遅くても、誰に何と言われても本当にやるべきことから逃げず諦めないものがあれば、必ず目的にたどり着くのだと強く信じます。


人生の本当の勉強

人間には心理機能、生理機能、五官という機能が備わっています。いない人などいません。その機能には驚くべき事実が含まれています。人類約74億。その事実を知らずに魂の美しい人は絶対に無駄死になどして欲しくありません。

もちろんその中にはそんな事実などお構いなしと、どうにも救えない人もいます。ですが、待ち焦がれた魂を持った人は絶対にいます。私たちの勉強していることは、梶原和義先生という方にお教えいただいています。このまま人間が死んでいくだけの人生はおかしい。そもそも生活している地球とは何なのか…という強烈な疑問を呈し、そこに精神を集中させ、道を切り開いたパイオニアであります。見えない道に道筋をつけて標識もつけて、舗装してくれている方です。

それをたった一人でこの間違った文明に真っ向拳を立てているのです。

 

先生が語るその事実というのは、この世の価値基準から大きく逸脱しているどころか、根こそぎダメ出しを突きつけている内容です。

今まで聞きも見もしない事柄です。人間の地球上での人生の真の目的は、文明生活を信じて疑わない者にとっては到底理解できないものです。しかし、真実というのは客観的事実に基づくものであり、疑いを持つという概念は持ち得ません。心臓が自分の意思に反して動いています。そんなはずはないなどと疑いを持つ人など皆無です。客観的事実というのは信じようが信じまいが、そういうこと。ということです。

一つ言えることは、この客観的事実を敏感に捉えるアンテナを持つ人は、運というものを持ち合わせていると思います。これは地球上のお金をかき集めて受け取るより、遠く及ばなほどの運があるということです。とはいえ、みすみす運を手放す人もいます。それはこの世の価値観に翻弄されてしまうからです。自分にも言えますが、人間の悪い癖はすぐに結論を急ぎたがります。そして根気さが足りません。それでみすみす運を逃すというより、手放してしまうのです。重要な事実から背をむけるということは後々死んでからどうなるのかという伏線も当然あるということです。どんな境遇にあろうとも諦めず根気よく勉強すること。

合わせて付き合っていく文明生活は、常に妄念を捨つつベストを尽くしていけば良いということです。


今の生活って…

今の地球上での生活というものは、生活年数(生きている年月)が長ければ長いほど肉体的にも精神的にもしんどく、辛く、意味のないものになっていきます。お金という価値基準を満たしているいないは論外です。そして厄介なことに、自我もたくましくなっていきます。人間が仕事をすることで柱となる社会生活こそ、意味のない人生を送るためのもってこいの製造工場のラインと化します。命がどういうものか、自分は何なのかがわからなければ、生きている意味もわかる筈もなく、心臓が自分の意思とは関係なくなぜ動いているのか…その真意を掴まなければ、ただ死ぬのを待つだけのライン工で終了です。自分が勉強し、社会に適合し、うまく人間関係を形成し、社会的立場、社会的仕事に人生の土台を置けば、今の文明システムとしては、立派でちゃんとした人間として扱われます。つまり地位や名誉、称賛、お金といった社会生活につかっている者としては最高の幸せを手に入れることになっています。それに適合できないダメな人間は失望し、自ら命を絶ってしまう人も後を絶ちません。今はいいです。この世界に限ってはいいです。しかしそれは今後ずっと続くことはないのです。命に関して無知のまま死んでしまうと、死んでからが問題となります。今度こそ取り返しがつかない世界になります。日本人は根本的に命に対する姿勢が疎く、まるでアルツハイマーのように徘徊している状況だと思います。例えば、いままで生きた中でも見たこともない美味しそうなごちそうに例えると、ほとんどの人間は 旨そうだね〜と眺めている状態。または自分は一番最後に食べれば…と変な謙虚さな状態。またはいつかは食べたいという後回し的な状態。または食べてもいないのにあーだこーだ理屈を言う状態。または自分はこれを食べるに値しないという悲観的な状態。またはこれは何かあるぞ、という警戒する状態。またはごちそうの材料を調べて、食するに値しないという状態。またはハナからいらないという状態。だれでも食すことができるのに、これを自ら拒否している状態…。人により手を付けない理由は様々だと思います。しかし、子供はそんなことおかまいなしに、美味しそうだからちょうだいと真っ先に食べるでしょう。子供は純粋です。だから命を純粋にみつめることができると思います。そこに回りくどい説明やごまかしや謙遜など一切ありません。しかし歳をとるにつれ、自我が根付き自分がこの世界でしっかり生きていることにより、疑いや子供のような心が失われ骨抜きになり変わります。人類は嘘と偽りと騙しと裏切りが横行している世界です。そんな中に何十年もドップリつかっていたら、骨抜きにされるわけです。まずは客観的事実、心臓が動いている、西暦が人類の中心軸となっている、この世の物質は在るように見えていて、実体はないこと。これが私たちの命に関して直結してくるのです。でしたらなぜこのようにわずらわしく、ないものを在るの如くリアルに人間を欺いているような構造になっているのでしょうか?なぜこうも次から次えと自然災害の猛威が世界を脅かしているのでしょうか。それがもし何かの警告だとしたら…。だとしたらなぜわざわざそのように回りくどい警告をせしめているのか…。わたしたちは地球上に生きている以上、知らなかったでは済まされない出来事が死んでから発生してしまうのではないってことに、ピンと来なければならないと思います。


精神vs現象世界

結局私たちは文明社会の資本主義世界、貨幣がモノを言う生活を生まれてこのかた余儀なくされています。日本に生まれた者は、日本の憲法に従い、教育・納税・勤労の3大義務に沿った生活をしています。そこに疑問を呈す者など誰一人としていません。人間の生活スタイルに疑いの余地もありません。

生活に必要だとなんだかんだ綺麗事を並べて、お金に重きを置いています。時に人の命よりです。

お金がないから人が死んでしまうのです。そういう世界に人は矛盾や憤り、怒りや幻滅という思いを常に抱いていきながら、生きていかざる得ない苦しい状況がこの現象世界ということです。生まれてこなければよかった…。そういう人がいます。

人は自分の意思で生まれてきた人など皆無です。では地球に生まれてきた真意はなんなのでしょうか。生まれたいからここにいます。という人がもしいたら、すべての人間はお金持ちのところを選ぶはずです。それどころか、そもそもこの世界に矛盾や不平等などあるはずがありません。わざわざ苦しみたいから難民生活を余儀なくされている所にきました。などど生まれてきた人間など、これも皆無でしょう。

中東のようにお金の使い道がなく、仕方なく1千万の車を何十台も購入しただ飾るだけという人間もいれば

一方で食べるものもなく、衰弱死してしまう子供たちもいます。国により恵まれ度は様々です。

今アメリカでは人種・宗教や考え方の違いによる差別が浮き上がっています。

これが横行していてなぜ平等平和と言えるのでしょうか。

日本だって政治の矛盾や、様々な悪行がまかり通っています。正直者はバカを見るのが、今の日本の現状です。

富や権力を得る者は、嘘に嘘を重ねてピエロを演じて騙し続けています。得をするのはそういうピエロだけです。

全てがそうとは言えないかもしれませんが、それが土台となっていることなのでしょう。

本当に品格のある人というのは、そういう物質の欲望との戦いに、精神を武器にし真っ向勝負している人たちです。

そういう人たちには、例え10対74億であろうともエセ指導者達は絶対に勝てないのです。


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